小さい頃に憧れていた戦隊ヒーロー。
彼らのようになりたくて友人達とやった戦隊「ごっこ」。
戦隊「ごっこ」の世界では、何でも自分の思い通り。
30メートルの大ジャンプだって、腕からレーザー光線だって出せた。
でも、子どもながらに、本当は戦隊ヒーローなんかになれないってわかってた。
それでも戦隊「ごっこ」をやるのは、そこに何か意味があると思っていたからだ。
さすがにこの歳になって、戦隊「ごっこ」は卒業したが、相変わらず日々の生活の中で「ごっこ」をやってしまっている気がする。
友達「ごっこ」、恋人「ごっこ」、会社「ごっこ」、学生「ごっこ」・・・。
どれが本当の自分かわからず、とにかく与えられた情況にあった「ごっこ」を演じる。
本当に好きで、好きでやっていることでも、それを「ごっこ」と感じてしまえば、急に不安になる。
本当に好きで、好きで一緒にいても、それを「ごっこ」と感じてしまえば、急に不安になる。
本当に好きで、好きで作り上げた物も、それを「ごっこ」の産物と感じてしまえば、急に色あせて見えるようになる。
そして、こんな風に考えてしまうのは、最低だと思ったりする。
同時に「ごっこ」じゃ満足できない自分がいるのも事実だ。
「ごっこ」で満足できないから、夢を持つ。
「ごっこ」で満足できないから、相手に何かを求める。
「ごっこ」で満足できないから、相手に怒りを感じる。
「ごっこ」で満足できないから、誰かと衝突してる。
日々、僕は「ごっこ」からの脱却を目指して努力し、それが「ごっこ」でないことを確認している。
でも最近、僕はどうしても「ごっこ」で我慢できないことがある。
自然とため息が出るのは、そのせいだ。
わかっているのだ。このままではいけないと。このまま続けても駄目なのだと。
それなのに、僕はやっぱり「ごっこ」を演じてしまう。